最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)185号 判決 1998年12月08日
東京都江東区木場一丁目五番一号
上告人
株式会社フジクラ
右代表者代表取締役
田中重信
右訴訟代理人弁護士
藤本博光
鈴木正勇
東京都千代田区丸の内二丁目六番一号
被上告人
古河電気工業株式会社
右代表者代表取締役
友松建吾
右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第九八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年五月一三日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人藤本博光、同鈴木正勇の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)
(平成九年(行ツ)第一八五号 上告人 株式会社フジクラ)
上告代理人藤本博光、同鈴木正勇の上告理由
第一 総論
原判決には、以下に述べるように理由不備、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背、並びに審理不尽があり、破棄されるべきものである。
第二 原判決破棄事由
一 酸化第二銅皮膜を用いることの容易性
1 法令違背(経験則違反・特許法二九条違反)
(一) 甲第八号証と周知の事項
(1) 原判決は、判決の理由3(2)<3>において、「これらの記載によれば、酸化第一銅皮膜及び酸化第二銅皮膜の各特性についての上記知見は、本件発明の出願当時において当業者に周知の事項であったものと認められる。」と述べているが、右認定は、明らかに経験則に反するものである。
(2) 右「これらの記載」には甲第八号証も含まれていてるが、右号証は、特許第一四〇二九三八号発明「ケーブル導体」(以下、「本件特許発明」という。)の明細書であり、本件特許出願後に公開された文献である。
(3) まず、進歩性の判断の対象となっている特許発明の明細書ないし補正書を特段の理由もなく出願当時の公知技術を記載していると認定することは許されない。当該特許発明の明細書に記載された発明の構成を出願当時の公知技術であるとして、当該特許発明の進歩性を判断したのでは、進歩性が認められる発明など存在しなくなってしまう。特許法二九条二項も「前項各号に掲げる発明に基づいて」と規定しており、当該特許発明の明細書により進歩性を判断することを許容していない。勿論、明細書にも従来技術について記載されることもあり、当該記載を出願当時の公知技術であると認定することは許されるが、右号証の酸化第二銅皮膜についての記載は、従来技術の説明として述べられたものではなく、発明の構成として述べられたものであることは、記載の内容から明らかであり、出願当時の公知技術であると認定することは許されない。
(4) また、右号証は、本件特許発明の出願後に公開された文献であるが、特段の理由のない限り、出願当時の公知技術を認定するためには、特許出願前に刊行された文献によらなければならない(同法二九条二項)。判例においては、特許出願後に刊行された文献により、出願当時の公知技術を認定したものもないわけではないが、それはすべて、出版は、出願後であるが、原稿の執筆は出願前という事案であり、出願後に執筆された文献により公知技術を認定することを許容しているものではないのである。
(5) 以上のように、原判決が本件特許発明の補正明細書であり、本件特許発明の出願後に公開された文献である右号証の酸化第二銅皮膜の記載を、特段の事情の存在を認定することなく、「本件発明の出願当時において当業者に周知の事項であったものと認められる。」と認定したことは明らかに経験則に違反する。
(二) 甲第六号証と酸化第二銅皮膜の性質
(1) 原判決は、判決の理由3(2)<4>において、「少なくとも、甲第6号証に酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁に適していることが開示されているのであるから、」と述べているが、右認定は、明らかに経験則に違反するものである。
(2) 原判決は、右号証に酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁に適していることが開示されていると述べているが、右号証に開示されているのは、超電導導体の表面に被覆した酸化第二銅皮膜の目的としての熱伝導、構造としてのポーラスの性質が述べられているだけにすぎない。
右号証は、絶縁超電導導体に関する特許公告公報であり、特許請求の範囲、図面の簡単な説明、並びに発明の詳細な説明の記載もすべて超電導導体に関するもので、酸化第二銅皮膜の性質ついての記載もその中でなされたものである。しかも、右号証の右酸化第二銅皮膜の性質についての記載の仕方も、「この酸化第2銅層は密着性が非常に良く厚みが薄いにもかかわらず、耐磨耗性、引っ掻き強さも良くコイル巻き作業に充分耐えうる。又絶縁耐圧も超電導マグネットに使用するに充分な値が得られている。」とあるように、あくまでも、コイル巻き作業、熱伝導との関係での密着性や、超電導マグネットに使用した場合の絶縁耐圧として記載されているだけであり、超電導導体に関する絶縁という点を無視して、酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁一般に適していることが開示されていると認定することには無理がある。
(3) そもそも、絶縁といっても、様々なものがあり、その目的、対象によって、最適な絶縁物質も異なるものである。例えば、右号証のような超電導においては、被絶縁物質の抵抗がゼロに近いので(乙第一二号証)、絶縁物質の抵抗比として要求される数値も低いものでよいが、常温では、被絶縁物質の抵抗が大きくなるので、絶縁物質の抵抗比の右数値では、絶縁の目的を達することができない場合もある。また、甲第六号証のようなコイルにおいては、完全に絶縁することが必要であるが、表皮効果の低減を目的とした素線絶縁においては、完全な絶縁は必要がない。否、放電を防ぐために、抵抗比が半電導領域であることが求められるのである。
このように抽象的に最適な絶縁物質というようなものは存在しないのであり、絶縁物質を選択するためには、密着性が良いというようなことだけではなく、絶縁の目的、対象から、必要とされる絶縁の抵抗比を求め、右条件に合致する絶縁物質を選択することになるのであり、超電導導体の発明の明細書における酸化第二銅皮膜の記載だけから、酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁一般に適していることが開示されているというようなことはいえないのである。
なお、右号証において、絶縁物質として、酸化第二銅皮膜が選択され、本件特許発明においても、酸化第二銅皮膜が絶縁物質として選択されているが、常温におけるケーブル導体の素線絶縁として必要な抵抗比を検討した結果、本件特許発明においても、絶縁物質として酸化第二銅皮膜が適するということから選択したにすぎず、銅導体の絶縁一般に酸化第二銅皮膜が適しているということから導かれたものではない。即ち、前記のように超電導導体においては、コイルの絶縁をするには完全な絶縁が必要になるが、常温と超電導では電気抵抗が異なり、超電導では、抵抗が常温の数千分の一に低下する(乙第一二号証)。そのため、常温における銅に対する絶縁としての酸化膜の抵抗比がそれほど大きくない酸化第二銅であっても、超電導においては、完全な絶縁をすることができ、他方、熱伝導もすぐれていることから、甲第六号証の発明では酸化第二銅皮膜が絶縁物質として選択されたにすぎず、酸化第二銅皮膜が半導電物質であるということは、特に考慮されていないのである。これに対して、本件特許発明における絶縁は、常温におけるケーブル導体において表皮効果を低減することを目的とした素線絶縁である。そのため、完全な絶縁は必要がないが、抵抗比が高いと放電が生じてしまうので、半導電領域の抵抗比が必要となる。他方、絶縁の抵抗比が低すぎても表皮効果を低減することができなくなってしまう。そこで、右要求を満たす絶縁物質として、酸化第二銅皮膜が選択されたのである。
このように、右号証と本件特許発明では、同じ酸化第二銅を絶縁物質として選択しているが、その選択にいたる過程は全く異なるものであり、右号証に酸化第二銅の性質が記載されているからといって、酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁に適しているということにはならないし、本件特許発明における絶縁物質として酸化第二銅皮膜を容易に思い至ることができるものではないのである。
(4) しかも右号証には、酸化第二銅皮膜についての記載しかなく、他の酸化銅よりも適しているということにはならない。
原判決は、判決の理由3(2)<2>において、「甲第4、第5号証における酸化銅は、一応酸化第一銅と酸化第二銅のいずれかであるということになる。」と認定し、その理由として、甲第一一、第一二号証をあげているが、右両号証は、積極的に酸化第一銅、酸化第二銅以外の酸化銅の存在を否定しているものではなく、原判決の右認定は誤りである。当業者においては、少なくとも七種類の酸化銅が認識されているのであり、酸化第二銅皮膜の記載しかなされていない文献から、酸化第二銅皮膜を表皮効果の低減を目的とした素線絶縁に用いることはできるものではない。
仮に、酸化銅について、酸化第一銅と酸化第二銅のいずれかであるということになったとしても、甲第六号証には、単に酸化第二銅皮膜についての記載しかなく、酸化第一銅皮膜との対比は全くなされておらず、酸化第一銅皮膜と酸化第二銅皮膜のうちから、酸化第二銅皮膜が適しているということはいえない。
超電導導体においては、前述のように、抵抗が非常に小さくなるので、酸化第一銅皮膜のように、常温では、絶縁抵抗比が低いものであっても、完全な絶縁として利用できるので、絶縁物質としての抵抗比の大小は、酸化第一銅皮膜と酸化第二銅皮膜のうちからどちらを選択するかの基準とはならない。
また、絶縁物質としての密着性の点でも酸化第一銅皮膜と酸化第二銅皮膜のうちからどちらを選択するかの基準とはならない。即ち、密着性の点では、むしろ酸化第一銅の方が酸化第二銅よりもすぐれている場合もあり(添付資料一)、被上告人自身も、酸化第一銅皮膜による素線絶縁の方法を特許出願しているものであり(添付資料二)、単なる皮膜としての強度という点でも酸化第二銅皮膜の方が酸化第一銅皮膜よりも適しているというようなことはいえないのである。
このように、超電導導体に限定しても、銅導体の絶縁物質として、酸化第二銅皮膜と酸化第一銅皮膜のうち、どちらが適しているかを判断することはできないのであり、ましてや銅導体の絶縁一般に酸化第二銅皮膜が適しているということはできるものではない。
(三) 以上のように、甲第八号証の酸化第二銅皮膜の記載を周知の知見であるということはできないのであり、原判決が「酸化第二銅皮膜の特性について周知の上記知見を前提として甲第4、第5号証を見ると、甲第4、第5号証には、ケーブル導体に『酸化第二銅による絶縁皮膜が設けられている素線』を用いることが示唆されているものと認められるのが相当であり」ということも認定できないし、甲第六号証には、酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁に適していることが開示されているとはいえないのであり、原判決は「少なくとも、甲第6号証に酸化第二銅皮膜が銅導体の絶縁に適していることが開示されているのであるから、甲第4、第5号証のケーブル導体の素線絶縁のために用いる酸化銅皮膜として酸化第二銅皮膜を用いることは、当業者において容易に想到し得る程度のことと認められる。」とも認定できないのであり、本件特許発明が当業者において容易に想到し得るとはいえず、本件特許発明の進歩性を否定し、審決を取り消した原判決の結論に影響することは明らかである。よって、右経験則違反は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。また、右経験則に違反し、進歩性を否定したことは、進歩性の判断を誤ったものであり、同法二九条二項に違反し、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。
(四) 甲第六号証と本件特許発明の相違
甲第六号証は、超電導導体の直流磁石コイルについての熱伝導を目的とした絶縁に関する発明であり、その酸化第二銅皮膜は、ポーラスであるのに対して、本件特許発明は、電力輸送のための常温のケーブル導体で、熱伝導は必要がなく、表皮効果の低減を目的とした素線絶縁に関する発明で、その酸化第二銅皮膜は、ポーラスではないのであり、両者は、技術分野、目的、構成、効果のすべてが異なるものである。よって、右号証から他の引例と組み合わせて本件特許発明の進歩性を判断することは許されず、右号証から本件特許発明の進歩性を判断した原判決は、進歩性の判断を誤ったものといえ、同法二九条二項に違反するものである。
また、右違反がなければ、本件特許発明の進歩性を否定することはできず、審決を取り消すとの結論に達することにはならないのであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。
2 理由不備
原判決は、前記のように、判決の理由3(2)<3>において、本件特許発明の補正明細書である甲第八号証の酸化第二銅皮膜の記載について「本件発明の出願当時において当業者に周知の事項であったものと認められる。」と認定しているが、右認定理由について何も述べられておらず、理由が欠けている。また、原判決の結論は、右認定よって導かれているものであるから、右認定理由が欠けているということは、原判決の結論を導いた理由が全体として欠けているということであり、原判決には理由不備の違法があるということになる。
二 ケーブル導体と極低温ケーブル用導体(法令違背)
1 原判決は、判決の理由3(3)において、「本件発明は『ケーブル導体』に関するものであって、『常温ケーブル用導体』に関するものに限定されるわけではないから、」と認定しているが、右認定は明らかに経験則に違反するものである。
2 確かに、本件特許発明では、「常温」との記載はないが、それだけの理由で、本件特許発明が「極低温ケーブル用導体」を含むと認定することはできない。
(一) 単に「ケーブル導体」といった場合にも、「常温ケーブル用導体」のみを指す場合も多いのである。「常温ケーブル導体」は、古くから実用化され、電力ケーブル業界においても、一般的な存在になっているが、「極低温ケーブル用導体」は、今日に至っても実験の段階にとどまり、実用化されておらず、ケーブル導体の中でも特殊・例外的なものであると位置づけられるているのである。そのため、当業者においては、「常温ケーブル用導体」を示す意図で、「常温」を略して、単に「ケーブル導体」ということも多く、「常温」と明示されていないというだけでは、「ケーブル導体」が「極低温ケーブル用導体」を含むことにはならない。
(二) 国際特許分類からも、本件特許発明に、「極低温ケーブル用導体」が当然に含まれるということはいえない。本件特許発明は、特許庁での出願に際し付された国際特許分類(国際特許分類とは検索のための指標となるものをいう。)においてはH01B5/08、H01B7/02が付され、極低温ないし超電導ケーブル用導体としての分類は一切付されていないのに対して、甲第四号証は、極低温(超電導)の分類たるH01B12/00が付されているのであり(甲第五号証の発明の公開公報においても同様である。)、国際特許分類においても、本件特許発明が「極低温ケーブル用導体」を含むということはできないのである。
(三) 本件特許発明の明細書の具体的な記載からも、本件特許発明に「極低温ケーブル用導体」が含まないことは明らかである。
(1) 本件特許発明の特許公告公報である甲第二号証の1欄の一三行目から一八行目にかけて、「この発明は電力ケーブルに用いられる大サイズ導体の改良、特に分割圧縮整型撚線導体に関するものである。近年送電容量の増加にともなつて、電力ケーブルの導体のサイズは大きくなり5000~6000mm2のものが実用化されつつある。」と記載されており、本件特許発明は、実用化された電力ケーブルの改良に関するものであることがわかるが、前述のように、電力ケーブルとして実用化されているのは、「常温」のみであり、「極低温」は実用化されていないのであるから、本件特許発明は、実用化された電力ケーブルの改良を目的としたものということになり、「常温ケーブル用導体」に関する発明ということになるはずである。
(2) 右号証の4欄一八行目から二三行目にかけて、「素線絶縁に充分な性能を有する体積抵抗率104~106Ω.cmを有するものであり、半導電性であるために従来通りの導体遮蔽設計ができる。これに対し、酸化第一銅皮膜は、102~103Ω.cmの体積抵抗率で・・・素線絶縁には採用し得ない。」と記載されているが、極低温ケーブル用導体をも含むものであるのであれば、右のような記載はしないはずである。即ち、極低温領域においては、電気抵抗が、常温の約一/一〇になるので(乙第一二号証)、絶縁のために必要な導体と酸化膜の抵抗比もそれに合わせて低くなり、表皮効果低減を目的とした素線絶縁として必要な体積抵抗率も、酸化第一銅皮膜の体積抵抗率102~103Ω.cmで充分なのであり、本件特許発明に「極低温ケーブル用導体」が含まれるのであれば、酸化第一銅皮膜を採用しない理由として、「酸化第一銅皮膜は、102~103Ω.cmの体積抵抗率で・・・素線絶縁には採用し得ない。」とは記載しないはずである。
(3) 右号証に記載されている体積抵抗率は、酸化第二銅皮膜(104~106Ω.cm)、エナメル皮膜(1013~1015Ω.cm)、酸化第一銅皮膜(102~103Ω.cm)のすべてが、常温におけるものである。もし、本件特許発明に、「極低温ケーブル用導体」も含まれるのであれば、極低温領域における体積抵抗率も合わせて記載されているはずであり、それがなされていないのは、本件特許発明が、極低温を予定していないからであると解される。
(4) 以上のように、右号証の具体的な記載からも、本件特許発明に、「極低温ケーブル用導体」を含むとはいえないことは明らかである。
(四) 本件特許発明の構成からも、本件特許発明には「極低温ケーブル用導体」を含むとはいえない。即ち、前記のように、極低温領域においては、電気抵抗が常温の約一/一〇になるので、同じ表皮効果の低減を目的とした素線絶縁といっても、その絶縁として必要な前記抵抗比も異なるでのあり、単純に大は小を兼ねるとはいえないのである。
(五) 以上のように、本件特許発明には、「極低温ケーブル用導体」を含むものではないにもかかわらず、原判決は、「常温」との記載がないという形式的な理由のみで、本件特許発明に、「極低温ケーブル用導体」も含むと認定したものであり、明らかに経験則に違反する。
3 また、右違反がなければ、「極低温ケーブル用導体」が本件特許発明に含まれないのであるから、「極低温ケーブル用導体」という本件特許発明と異なる技術である甲第四、第五号証の記載により、本件特許発明の進歩性を否定することはできない。
即ち、前記のように極低温領域では、電気抵抗が常温の約一/一〇になるので、素線絶縁として必要な絶縁の前記抵抗比も、それに応じて低くなり、極低温領域で素線絶縁として適しているとしても、それが、直ちに、常温の素線絶縁として適していることにはならならないのである。そのため、極低温領域で素線絶縁として使用できるとしても、それだけでは、常温において素線絶縁として使用できるものではなく、常温のケーブル導体においては、いかなる範囲の絶縁抵抗比が必要なのかを見いだし、その条件を満たす絶縁物質(酸化膜)としてはいかなるものがあるかをかを検討する過程が必要なのである。例えば、極低温領域においては、酸化第一銅皮膜も、素線絶縁として必要な抵抗比を有しているが、常温においては酸化第一銅皮膜の抵抗比では、素線絶縁として充分とはいえず、常温ケーブル用導体の素線絶縁には使用できないのである。このように、右両号証と本件特許発明では技術内容が異なるものであり、単純に右両号証から本件特許発明の進歩性を判断することは許されないのである。
したがって、本件特許発明の進歩性を否定し審決を取り消すとの結論に達することはできず、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。また、進歩性の判断を誤ったものであるから、同法二九条二項にも違反し、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。
三 作用効果と進歩性(同法二九条二項違反)
原判決は、判決の理由3(2)<4>において「いずれも酸化第二銅皮膜によって素線絶縁を行った素線を用いることにより当然生じる効果、あるいは当業者であれば予測できる効果にすぎず、格別のものということはできない。」と述べている。
しかし、酸化第二銅皮膜を素線絶縁に用いた場合には、エナメル皮膜に比べて、「近接効果、表皮効果を小さくおさえることができる」、「接続に際し、酸化第二銅皮膜が弱酸性液もしくは機械的手段で容易に皮膜を除去することができるので、溶接接続が容易であり」、「皮膜厚も約0.5~1μm(すなわち0.3~3.0μm)という薄さであるので、仕上がり導体径が太くならず」といった顕著な作用効果を生じるものである。例えば、エナメル皮膜による素線絶縁によった場合、従来の導体に比べて送電容量が約一〇%向上する(甲第三号証)のに対して、酸化第二銅皮膜による素線絶縁によった場合には、一五パーセント向上するのである(添付資料三)。右エナメル皮膜による素線絶縁の導体と同じサイズにおいても約一二~一三パーセント向上するのであり(添付資料三図13参照)、今日、ケーブル導体のサイズが大型かの傾向にありその効果の差異はより顕著になっている。
もし、酸化第二銅皮膜を素線絶縁に用いることが容易であるのであれば、従来技術であるエナメル皮膜に比べて右のような優れた効果が生じるのであるから、本件特許発明が出願される前に、右技術が開発されていてもよかったはずである。それがなされていないのは本件特許発明の構成が困難であることのあらわれであるといえる。即ち、甲第三号証は、本件特許発明の出願より約半年前のケーブル導体の表皮効果に関する論文であるが、そこでは、エナメルによる素線絶縁についての記載はあるが、酸化銅皮膜については、「素線表面に自然に生じた酸化膜程度では素線間の絶縁抵抗としては不十分である」との記載があるのみで、酸化銅皮膜によって素線絶縁をすることに思い至っていない。それも右号証の執筆者の一人は、甲第四、第五号証の発明者(考案者)であり、もし、本件特許発明の構成に困難性がないのであれば、甲第二号証において、本件特許発明の構成を論じていてもよいはずである。それができなかったのは、本件特許発明の構成を考えることが困難であるからと理解するほかない。よって、本件特許発明の進歩性を否定した、原判決は進歩性の判断を誤ったもので、同法二九条二項に違反するものである。
また、右違反がなければ、本件特許発明の進歩性を否定することはできず、審決を取り消すとの結論に達することにはならないのであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。
四 審理不尽
前述のように、本件特許発明の進歩性を判断するためには、「常温」と「極低温」、「超電導」における電気抵抗の相違、並びに絶縁の目的、対象による相違についての理解が不可欠であるにもかかわらず、原判決においては、右点について何の判断も加えられていない。これは、右点について、十分な審理がなされたかったためであり、原判決には、審理不尽の違法がある。
第三 結論
以上のように、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背、理由不備、並びに審理不尽があり、破棄されるべきものである。
以上
(添付書類省略)